無機質な人形たちで

東口 次登(脚色、演出

モドカシイ想い

永島梨枝子(人形美術)

舞台は薄明のよう

西島加寿子(舞台美術)

2020年 東京と福島

一ノ瀬季生(音楽)

ディックの幻視した悪夢、そして
現代の悪夢

西浦英司(ライター)

ささやかな日常を続けていく為に

日高真紅(日本SF作家クラブ会員)

出演者のことば (1)

出演者のことば (2)

もう一つのディック幻想人形劇の世界
「地図にない町」

 

2020年 東京と福島

                一ノ瀬季生(音楽)

 このドラマは2020年のある都市を舞台にしたフィクションだけれども、同年、東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるそうだ。
 ブエノスアイレスで開かれた9月7日のIOC総会で開催地がTOKYOと告げられたとき、多くの日本人の心に福島があったと思う。解決どころか、日ごとに事態が悪化していく放射能汚染水漏れ、そして被曝の恐れへの委員たちの質問に対して、首相は自信たっぷりに「under control・・状況はコントロールされている」と応えていたが、それは「解決の見えないことに対するの福島の不満はしっかり0.3平方キロメートル内に封じ込めるからご安心を。そして東京にその害が及ぶことはない」と宣言しているように聞こえた。

 世界に誇れる技術をもちながら、もっとも喫緊な課題に方策を示さないのは、施政に愛が欠けているからだ。

 さて、核戦争後の恐怖社会を描いた『薄明の朝食』のバックに流れる音楽をシャンソンに、というのは演出の意図であるが、まやかしの繁栄の飽くなき追求を選択し、そして核戦争を回避できなかった人間への怒りを表明するものとして、いま愛を語り歌うシャンソンこそが最もふさわしいものだと思う。

 舞台に流れるアコーディオンの旋律が、暗闇に一筋の光となることを心より願って。