物語

 さしも栄耀栄華を誇った平家一門も、一の谷の敗戦以後、源氏の勢いに押されに押され、遂に檀之浦の海に露と消え滅びます。源氏の白旗四海になびき、天下泰平となった時、きびしい平家の落人詮議の目をくぐり、たゞ一人生き残って、源氏の大将、右大将頼朝に平家積年の怨ろの一太刀報いんと、追手を逃がれた上総悪七兵衛景清は、熱田宮の大宮司の許にひそみかくれておりました。この間、頼朝を討たんとねらうこと三十四度にのぼりましたが、その都度、頼朝の重臣、畠山重忠にはばまれてきました。平家に重恩をうけていた熱田宮の大宮司は、景清をねんごろにかくまい、いつしか景清は大宮司の娘、小野姫と愛をかわす仲となっていました。
 
 折しも、治承四年、平清盛の命令により南部を攻めた平重衝が放った火により炎上した東大寺大仏殿を、四海泰平を祝って、修復し、大仏供養を行わんと、頼朝は、奉行に畠山重忠を命じます。重忠が手斧始めの儀式を行ぅため南都へ下ったことを知った景清は、頼朝への足がかりに先ず重忠の首をうちとらんと、小野姫に別れを告げ、大宮司ょり下された平宗盛公拝領の名刀膝丸を準え南都へ向います。大工の一人に変装して手斧始めの儀式にまぎれこんだ景清は、又も重忠に見破られ、佐々木四郎の率いる軍兵にとりかこまれますが、死人の山を築いて神通力、山より峰へと飛びあがりはねあがり姿を消してしまいます。南都を逃がれた景清は京へ向います。
 
 京には長年誼を交した遊女、阿古屋が、景清との間になした弥石、弥若、二人の愛児と共に、景清の留守を守っておりました。その許へ逃がれてきた景清を、母子共々三年ぶりの邂逅と喜び迎えるのです。
 
 しかし、景清が日頃信心の清水寺の観世音に参詣の留守に、阿古屋の兄、伊庭の十蔵は、恩賞欲しさに六波羅へ訴えようとはかります。阿古屋はこれまでの恩愛を忘れたかと兄を責め、母子ともども、兄を制するのですが、折悪しく、小野姫から景清へ夫恋しさの文が飛脚で届き、その文を兄ょり読まされた阿古屋は、いとしい人は、この世にそなた一人とばかり信じこんでいたのがうらめしいと、しっとに狂い、兄十蔵の云ぅまゝに、共に景清を訴人してしまいます。
 
 妻と兄に裏切られたと知った景清は、捕手の山を物ともせず、いずこかへ落ちのびます。畠山重忠は、大宮司をとらえ、景清の行方をきびしく詮議しますが大宮司は白状しません。しかし、景清を遠くたずねてきた小野姫を、とらえ、父娘ともども火あぶりにしようとした矢先、「こゝに景清、見参!」と景清自ら飛んで火に入る夏の虫となり、父娘の身代りに、とらえられるのです。
 
 牢に景清をたずね、悔恨の涙にくれる阿古屋に、景清は背信を強く責めるのです。阿古屋は夫へ、その罪をあかさんと、二人の子を刺し、自らも自害するのです。さしもの豪気の武士も、手足を十重二十重にいましめられたまゝ、目前、最愛の妻子の死を如何とも出来ず、今は恨みも忘れ、涙にくれるのです。伊庭の十蔵は、景清訴人の恩賞にあずかり、遊山の帰り途、牢に立ちより、妹、阿古屋と子どもたちの死体を見て、景清に逆恨みしますが、観音の御名を称えていましめを破った景清によって、ばらばらにされてしまいます。一たんは落ちのびんとした景清は、大宮司と小野姫に累の及ぶことを恐れ、再び自ら縛につくのです。頼朝は天下の大事と景清を打首にしますが、三条畷にさらした首は、不思議、清水寺の観音の首になっており、景清の信仰の篤さが、観音の身代りとなって奇瑞を生むのです。
 
 いくら景清の首を打っても観音が身代りとなれば詮方なしと、頼朝は、再び小野姫を捕え姫を人質に、姫と姫の身ごもりし景清の子共々殺すぞと、景清に転向を迫ります。先には二人の子を失い、今、又、小野姫と生れくる我が子を般すといわれた景清は、たとえ凡夫心といわれようと姫と子どもの命乞いをするのです。景清は怨みを捨てたあかしのために、眼なくば怨敵を見ることも無しと、自ら両眼をえぐりとるのです。
 
 しかし、あくまで平家ゆかりの男子を根絶やしにし、源氏安泰をはかる頼朝に、景清は日向の果に流され、さらに、永遠につきぬ怨みを抱いて果てることめない無明の世界へ、孤独の旅をさすらい続けるのです。