動物農場について
宮本靖介(龍谷大学教授)

 英国作家、ジョージ・オーウェルが世界各国で著名なのは、権力政治を風刺した「動物農場」によってであることは自明のことである。

 この100ぺージ少々の動物寓話は第二次大戦の末期に執筆され、1945年8月に英国で出版され、出版と同時に今世紀最大のベストセラーのひとつになることを予感させた。最終的に数十ヵ国語に翻訳されて一千万部をはるかに上まわる発行部数に達した。日本へも早くから紹介されてきたが、この作品に対して本格的関心が持たれるようになったのは学園紛争が吹き荒れた1960年代後半であったかと思われる。これには、戦後国民あげて突っ走ってきた経済成長路線への反省と、1970年の安保条約改定へ向けて戦後思想の見直しを迫られていた時代背景が大いに関連していた。
 ストーリーは簡単である。ジョーンズ氏の所有する「荘園農場」の動物たちが反乱をおこして農場を奪取して自主運営をはじめるが、動物仲間のうちに階級差が生じ、日ましに拡大していく。そして知的能力にたけて狡狙な一部の豚たちが集団を支配するようになる。この過程でスターリン(ナポレオン豚)とトロッキイ(スノーボール豚)との争いを想起させるような権力闘争が展開し、そのあおりを食って多くの動物たちは悲惨な境遇に追い込まれる。行きつくところは、覇権争いに勝利したメジャー豚(ソ連邦)と、元の農園主、ジョーンズらの人間たち(英、米、仏、三国)との妥協工作がなされ、商取引が復活する。この和解のための手打ち式ともいうべき祝賀パーティの場面を垣間見た他の動物たちは、豚と人間との顔の区別が全然つかないという嘆かわしい結末を迎える。

 以上のようなストーリー展開であるが、ソ連邦の建国神話を痛烈に皮肉ったこの作品は、読者がたとえその具体的な政治背景を知らなくても充分に楽しんで読める構成になっている。オーウェルはこの作品のテーマである苛酷な政治的現実を憂慮していたが、執筆に際しては、楽しみながら書いたと述懐している。生来、動物好きだったオーウェルは、自分が知りつくしている動物たちの生態や特徴を愛情こまやかに、かつ的確に描写することによって、彼らの無垢さと可憐さを読者に実感させ、その後の彼らの悲惨な運命を暗示する。補足すると、丹精こめて描かれた動物たちの微細なしぐさや、喜怒哀楽に満ちた表情は、読者の心の琴線に触れて、感動を誘うものであり、T劇劇画的光彩Uを放っているといっても過言ではない。その意味でもこの作品は今回企画されたT人形劇Uの素材としても最適であろうかと思われる。

 さらに言うと、この物語の随所にちりばめられた現代を風刺する鋭いセリフによってもたらされる奇抜な発想の転換によっても読者の記憶に長く留められることであろう。その具体例をひとつあげてみよう。”動物農場”の7戒律において、「すべての動物は平等である」と平等精神を高らかに宣誓したが、この鉄則は、「すべての動物は平等である。しかし、一部の動物は他の動物たちより、より平等である。」という詭弁によって、いとも簡単に葬り去られてゆく。これを見守る観客は、舞台で繰り広げられる動物たちの、懸命などたばた劇を、他人事と笑っていられず、我が事として実感して、粛然とするのである。