浄瑠璃『姫山姥』 について
松平 進
(園田学園女子短期大学近松研究所長)
   
 『嫗山姥』(こもちやまんば)という浄瑠璃は、正徳二年 (一七一二) に、道頓堀の
竹本座で初演された近松門左衛門の作品である。近松が油ののりきった六〇歳の年のロマン他に満ちた時代物浄瑠璃である。「姫」 という語は、丈字通り子供を待っている意で、作中人物の一人である山姥の八重桐が、怪童丸という怪力の子の母親として登場し、二段日・三段目で大いに活躍するところから、題名になったと思われる。怪童九はのちの坂田金(公)時である。この浄瑠璃は、源頼光とその四人の家来、いわゆる四大王が題材で、粗筋は、渡辺綱・碓氷定光・卜部末武・坂田公時の四人が、どのようにして頼光の家来になったかであって、最後に近江国高懸山の鬼退治を果たして、追われていた都にめでたく帰還するまでを描いている。

 全体は五段の構成で、その二段日の八重桐が自分の身の上を語って聞かせる「八重桐廓話」が今も残って上演きれている。長ぜりふを流暢にしゃっべて聞かせる演技で、「おしゃべり山姥」 とも呼ばれる一場である。
 この八重桐というのは、歌舞伎の、方で当時随一の女形であった萩野八重桐が演じて大いに人気をとった長ぜりふの演技を、ただちに浄瑠璃にとり入れ、役者名をそのまま作中人物名にしたものである。きわめて珍しい例である。歌舞伎で沸騰した人気を、浄瑠璃の方にいただいたわけである。

 今回上演のクラルテの 『頼光・四大王伝説』 は、原作五段のうち三段を除いてまとめ、エピローグを付されたものである。私は脚本を読んだだけであるが、さぞ面白い舞台になるだろうと、大いに期待している。私が常に考えている近松作品の現代への再生という点でも、期待できるものである。